真実の男性

 『真実の紳士、真実の男性とは、地位や格好ではない。いざという時に卑怯にして未練な振る舞いをすることなく、潔く身を処していけるかどうかにある。卑怯な人間は、たとえ生があろうとも”生きながらの死”の惨めさに直面するものである。極限状態はまさに、すべて取り去って残るその人自身の”我”の真実を表出する。』

 人としてのあり方が、究極的に問われています。卑怯にして未練な振る舞いをすることなく、潔く身を処していける日々の生き様を、一つ一つ積み上げていくしかないと思います。ぶれなくなった時、はじめて真実の男性と言えるのです。