心に火をつける

 どの本に書いてあったかは覚えていないが、読むたびに涙する話がある。

『人間の闘争心に火をつけるのは、優しい言葉をかけたり、激励してやることとは限らない。相手によっては、暴言ともとれるようなこき下ろしが効を奏する場合もある。そんなエピソードを紹介したい。

 創業して数年目ぐらいだったと記憶している。新卒で入社してきた社員の一人が、一年も経たないうちに辞めたいと言ってきた。理由を尋ねてみると、どうしても学校の先生になりたいのだという。

 普通は、新入社員に対してはボロクソに言ったりはしないのだが、彼は同期の中では見どころがありそうだと思っていた社員の一人だったので、わたしはあえて次のようにこき下ろした。

「先生になりたい?生意気なことを言うな。わが社でたった一年も我慢できないような根性のない人間が、厳しい試験に受かるはずがない。もしもなれたら君の前で逆立ちしたる。だから、もしも先生になれたら、私のところに真っ先に連絡してくれ」と。

 翌々年、彼はニコニコして私のところへやってきた。そして、

「社長、約束やから逆立ちしてください。」

と言った瞬間に、大粒の涙がこぼれてきた。

「試験に合格しました。思っていた以上に辛くて、何度かあきらめかけました。すると、社長の『君みたいな根性なしが、先生になれたら、逆立ちしたる。』といった顔が浮かんでくるんです。それで、必死に頑張って、やっと受かりました。」

 最後の方は声にならない。涙で顔をクシャクシャにして、『ありがとうございました』を連発し、何度も何度も頭を下げて帰っていった。

 残念ながら彼の場合は、わが社でその力を発揮してもらうことはできなかったが、別の世界で活躍している。今でもたまに電話をかけてきてくれることがあるが、その声からも年々たくましくなってきていることがわかる。』

 こんなことは私にはできないが、読むたびにこういうことができる人になりたいと思う。いつか、こういう辛口の助言で人を本気にさせ、壁を乗り越えさせてみたい。